健康で幸せな家庭づくり | 世界平和統一家庭連合教会員のための総合ポータルサイト FFWPU.Family

本シリーズでは、健康に関する考え方と生活習慣について、統一原理の観点から解説します。

 

疎通のない不通の世界

今年のノーベル平和賞に選ばれた国連世界食糧計画(WFP)は、二〇三〇年までに「飢餓をゼロに」を目標に掲げて活動してきましたが、残念ながら二〇一八年時点で九人に一人が十分な食料を得られずに生活しています。

一方、日本では一日に一人当たりおにぎり一個分の食べ物が捨てられています。いわゆる「フードロス問題」です。

地球上には、全人口分をまかなえる十分な食料があるにもかかわらず、必要とする人々に届かないために、飢餓問題は解決されないままです。それは、本稿のテーマである、「個々の授受作用によって、循環運動が生じる」という原理が働かなくなってしまったことが理由です。

一人の人間の体内にも、また、社会や世界にも、この原理が働いています。前号では、健康をもたらす原理について、み言を紹介しました。この原理に反し、平和で幸福な世界からかけ離れた状態について、真の父母様は次のように語っておられます。

「今も世界の至る所で戦争と疾病、飢餓、そして自然災害によって無辜の人命が、毎年数千万人ずつ犠牲になっています。宗教、政治、教育、文化、思想など、どの分野を見渡してみても、個人はもちろん、集団にまで極度の利己主義的我執の沼にはまり、徹底して門を閉じ、鍵を掛けています。疎通のない不通の世界に転落してしまったのです」(『天地人真の父母 定着実体 み言宣布 天宙大会』37〜39ページ)

 

健康も平和も同じ一つの原理によって創造されます。この原理に反すれば、病気と戦争が生み出されます。

 

浪費と〝公物問題〟

私たちは、公的なお金(万物)を私的に使うことは「公金問題」として天法に引っかかると学んでいます。これは何も、教会生活に限った話ではありません。

そもそも万物は、天の父母様(神様)が、子女である全人類のために準備された公的なものです。一人の子女も飢えることがないように、毎年毎年、季節ごとに、必要な万物が与えられるように、この地球星を創造されました。

ところが、堕落した人間の過分なる欲望の結果、本来必要とする人に万物が行き届かず、さらには捨てられるという事態が起こっているのです。これについて真の父母様は、「浪費は罪」と断じておられます。

万物の中でも特に「食」を軽んじることは、「命」を軽んじることに通じます。なぜなら食べ物は、元は生きていたからです。殺生を禁じる仏教の一部の僧侶は、肉食を断ち、穀物と野菜だけを食べています。しかし考えてみれば、穀物も野菜も命あるものです。

そして、命は愛から生まれるという統一原理の観点からすれば、「命」を軽んじることは、すなわち「愛」(父母の愛)を軽んじることになるのです。

 

一個のおにぎりに救われた少女

ここで、一人の女性の体験談を紹介します。

荒れた青春を無為に過ごしていた高校生の頃、ちこさんは、あるとき、塾長が握ってくれた一個のおにぎりと出合う(食べる)ことで、人生が一変しました。それは米と水と塩だけでできたおにぎりでしたが、その中には光のエネルギーが充満していました。

「口の中にごはんの甘みが広がると同時にパアッと心に光が差しました」

「気づけば大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれていたのです」

「何をやっても満たされなかった私が、何をやっても、何もしなくても、常に満たされている私に変身できた」

それまで、おにぎりは、ちこさんにとっていちばん嫌いな食べ物でした。しかし、そのとき食べたおにぎりは、ちこさんの「いのちのごはん」となったのです。

その後、ちこさんは、食堂「御食事ゆにわ」を大阪の枚方市にオープン。「食べるだけで幸せになる」ごはんを、多くの客に提供しています。彼女の物語は、二〇一八年に映画化までされました。※

 

ごはんの味を知る「王」

真のお父様が興南の特別労務者収容所で、ご自身の食べ物を他の囚人に分け与えられた証しは、私たちにとって到底まねすることのできない内容ですが、〝本然の「食と人間の関係」とはこういうものか〟という視点が与えられます。

「ひもじい時の御飯一粒がどれほど貴いものか、今でもはっと我に返ります。御飯一粒が、それほどまで全神経を刺激できるのかということを感じ、それに対する無限の価値を感じることができました。……私は今でも、おかずなしで御飯をよく食べます。おかずなしのただの御飯の味を知るところにおいては、統一教会の文先生が『王』です」(『真の御父母様の生涯路程②』140ページ)

 

天の父母様が子女へ下さる愛の結晶が「ごはん」(万物)です。本来、愛の「ごはん」は宇宙に充満しているのに、「私」には愛が届いていないと感じてしまうのが堕落人間です。

そこで次回は、どうすれば「私」にも愛が届いていることを感じられるのかについて考えてみたいと思います。(本部衛生委員会)

 

※関連書籍……『いのちのごはん』(青春出版社)、『美味しいごはん』(サンマーク出版)

 

 

(み言引用)

原理的に見るとき、浪費は罪です。私たちは、生まれる時から一定量の消耗品を使うようになっています。それ以上使えば罪なのです。……そうでなければ、私たちの子孫がそれを負債として相続します。(天一国経典『天聖経』655ページ)

 

食事の時だけ食べる習慣が必要です。そのようにすれば、病気にもならず、健康になるというのです。(同)

 

 

(お知らせ)

本部には衛生委員会が設置されています。衛生委員会とは、職員の健康の保持・増進や職場環境の改善のための調査・審議を行う場です。「労働安全衛生法」に基づいて、一定の規模の事業所に設置が義務づけられています。各教会では、これに準じる組織として「健康・福祉委員会」の設置を進めています。

 

記事元:「世界家庭」2020年12月号