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為に生きる。

これが私の信条になってから3年の月日が流れた。

高校の同級生で、同じ大学に進学した親友、森宮もりみやあかりから、家庭連合の話を聞いたのは、社会人1年目の夏だった。大学で日本文学を専攻し、授業はそれなりにおもしろく、専門知識も増え、大学生活も明と楽しく過ごすことができた。

 

だが、卒業後特に就きたい職はなく、就職難の末、なんとか今の会社に就職でき、やりがいのないまま淡々と事務作業をこなす日々を送っていた。このまま面白味のない仕事をして、結婚して、主婦になっていくのかと、先の見える人生に悩んでいた時、明から家庭連合の信者であることを証され、幸せや平和について希望のある宗教だと知らされた。

 

どうすれば幸せな人生を送れるのか、なぜ私は自分の人生に悩んでいるのか、その答えが得られそうで、興味を持ち始めた。家庭連合の教理である統一原理を学んでいく内に悩みが解決された。「自分が幸せになるためには、まず人の為に尽くす」という目から鱗の教えにはっとさせられ、「為に生きる」ことの実践を心がけるようになった。

 

特に職場で実践しようと、誰よりも早く出社して同僚のデスクを拭いたり、率先して人が嫌がる仕事を請け負ったり、同僚の仕事を手伝ったり、とにかく一生懸命自分ができる人の為になることをこの3年間やってきた。

 

それだけでなく、同僚と親しくなって伝道しようと試みたこともある。でも、なかなか上手くいかなかった。それに、頼りがいがあると誉められながら体よく面倒な仕事を押し付けられ、影では「便利屋の林さん」と呼ばれていることを最近知ってしまった。それでも、「ありがとう」、「頼りにしてるよ」と本心から言ってくれる上司もいるので、どんなふうに思われても、神様は見ていてくださっていると感謝の気持ちで頑張れている。

 

ただ、ここ1年は毎日残業続きで、誰よりも遅く退勤することが習慣化されていて、体は疲れきっている。もう嫌だ、辞めてしまおうかと思う時もあるが、その後のことを想像するとより苦労しそうで、「職場のみんなの為にも、見ていてくださっている神様の為にも頑張ろう」と思いながら、仕事に向き合っている。

 

だからといってストレスが溜まらないというわけではなく、はけ口は専ら夕飯と、デザート。9時頃最寄り駅に着いて、遅くまで開いている閉店ギリギリのスーパーで割引の惣菜や出来合いの物を買って、これも閉店ギリギリの時間に駅中のチェーン店のケーキ屋に寄ってケーキを買ったり、閉まっている時は自宅マンション付近のコンビニでスイーツを買って帰ることが日課となっている。

 

しんと静まり返った誰もいない部屋に戻り、テレビを観ながら買ってきた夕食とデザートを食べる。食べ終わると、気づいたら11時近くになっていることもあり、急いでシャワーを浴びてベッドに入る。でも、残業続きになってからというもの、寝付きが悪く、眠れるまでスマートフォンで動画を観たり、SNSを流し読みしたり、ネットサーフィンをしたりしながら夜を過ごしている。夜中の2時まで眠れないことは普通で、ひどい時は4時、5時まで眠れないこともある。疲れた体を起こして、朝食を食べずに出社し、また誰よりも遅く居残って仕事をこなす。

 

こんな日々が1年も続くと、肌荒れ、便秘、むくみなど、様々な不調があらわれてくる。日曜礼拝の後、明とおしゃれなイタリアンのお店でランチをしていると、心配そうな顔をされた。

 

かなえ、なんか疲れてない? 大丈夫?」

 

「やっぱり疲れてるように見える? 肌荒れもひどくなってきちゃってさ、化粧のりも悪いんだよね……」

 

ファンデーションで隠しきれない吹き出物たちが嫌になってくる。

 

「仕事、大変? 残業ばっかりなんだっけ?」

 

「そうなんだよー。便利屋の林って言われてるぐらいだからね。皆して仕事押し付けてくる」

 

「できないことまで無理してやらなくてもいいと思うよ。叶は充分、為に生きてるし、仕事頑張ってるじゃん」

 

「でも、やってって言われたら断れないもん」

 

「だからって、体壊したら元も子もないよ。叶はそもそもがんばり屋さんだから、心配だよ」

 

眉を八の字にして本気で心配してくれているのが分かる。明は親友でありながら、時々お母さんみたいに思える時がある。

 

「ほんと、明は心配症だよね」

 

「笑い事じゃないよ。辛いこととか、不安なこととか、話しにくいことがあれば、神様に祈るのが一番だよ。もちろん私も聞くから、何かあったら言ってよ」

 

「あはは、本当、お母さんみたい」

 

「だから、笑い事じゃなくて~」

 

眉を寄せ、呆れ顔をしながら、デザートのショートケーキを頬張る明。氷が溶けて水っぽくなったアイスコーヒーに口をつけてから、明に目を向ける。

 

「残業続きになってから不調でさ。見ての通りの肌荒れだし、寝付きが悪くて寝不足だし。それに……」

 

目線を下に落として、手の指を組む。

 

「神様にお祈りしても、ちゃんと届いてるか不安で、うまく祈れてないんだ……」

 

組んだ手の指の上に、明の温かい手が添えられる。顔を上げると、優しそうな垂れ目と目線が合う。

 

「体の不調と心の不調は繋がってるんだよ。心が健康じゃないと、体も健康になれない。叶は頑張りすぎて、心も体も疲れてるんだよ。休める時はちゃんと休んで。叶の声は神様に届いてるはずだよ。生活をちゃんと見直して健康になれば、不安はなくなるんじゃないかな」

 

「ありがとう、明」

 

何かあったらいつでも言ってと笑顔を浮かべる親友に、笑顔で返す。明と出会えたのは神様の導きだと、感謝の思いがわいてくる。

 

明と別れた後、いつものスーパーでパスタの麺と、合えるだけのパスタソース、サラダのパックを買って帰宅し、久しぶりにキッチンに立ってIHを使った。手の込んだものではないが、いつもよりはましな食事で、ちゃんとサラダも買ったと満足して、いつもみたいにテレビを観ながら食べた。

 

食べ終わった後、洗い物をしていると下半身に違和感を覚え、トイレに行ってみた。つい数日前に生理が終わったはずなのに、鮮血が下着についていて首をかしげる。

 

それからなぜか一週間、鮮血は続き、さすがに不安になってきた。夜、ネットで調べてみると、「不正出血」というものだと分かり、病気の可能性もあるため、早めに産婦人科で診てもらうのが良いという情報があった。どんな病気に関わるのか更に調べてみると、炎症やホルモン異常など様々あり、中には子宮がんの恐れもあるとされていた。

まさか、がんってことはないでしょと楽観的に思う反面、がんだったらどうしようという不安がむくむくと込み上げてきて、心がぎゅっと鞭で縛り上げられるかのような痛みを感じた。善は急げと、ネット予約できる産婦人科を探し、週末の予約をとることができた。心臓が早鐘を打つかのように大きな音を立てている。その日の夜は全く眠ることができず、悶々としながらベッドの上で朝を迎えた。