孝情に関する参考文献③ 「東京成和学生合同礼拝」での文姸娥様の説教

東京成和学生合同礼拝

2018年1月7日/新宿家庭教会

 

「孝情」という言葉はどこから来たのか

最近よく、孝情という言葉を聞きますが、「孝情とは何ですか」と聞かれたら、どのように説明しますか? 韓国には「孝道」という言葉はありますが、辞書を探しても「孝情」という言葉はありません。

この言葉は、真の父母様が下さった言葉なのです。だから、意味が分からないと言っても、もともとなかった言葉なので当然です。どれほど一生懸命に勉強をしても、教科書には出てこない言葉なのです。

 

孝情の「孝」が意味するもの

まず、「孝」という字についてですが、「孝」は、親の前に親孝行をすることです。では、親とは誰でしょうか? それは天の父母様、真の父母様のことです。

ところで、真の父母様のことを「天地人真の父母様」と言いますが、天の父母様と真の父母様はいつも一つになっておられるということです。だから、私たちが実際にお目にかかる真の父母様は、名称は別々にありますが、天の父母様と一つになって生活されているお方だということです。

 

真の父母様から学ぶ「孝」の道

それでは、真の父母様は、どのように過ごしておられますか? 真の父母様は、心の中に神様をお迎えして生活しておられます。

皆さんももし、精誠をたくさん尽くして、父母様のことを思って生活していけば、「このことをしたら真の父母様が喜ばれるな、悲しまれるな」と感じたりしませんか? 感じることができます。

ですから真の父母様は、毎日、天の父母様が何を願われているのか、真の父母である私がどのように行動したら、天の父母様が喜ばれるのか、それを感じながら、悩まれながら過ごしておられます。それが親孝行です。

父母が願われることをしてあげるのが、孝の道です。父母が口で言わなくても、まなざしを見るだけでも、また顔を見るだけでも、「あー、今、こういうことを願われているのだな」と。そして「一人では大変だろうな、私が横でお手伝いをしてさしあげよう」とです。そして行動までできる子女が、孝行をする子女だということです。

 

孝情の「情」が意味するもの

では、続いて「孝情」の「情」についてです。真のお母様が、「情」とは、天と因縁を結ぶことです」とおっしゃいました。

天との因縁とは、どのような因縁でしょうか? また天と私の関係とは、どんな関係でしょうか? 愛する人と愛される人? あるいは、孝行する人と孝行される人? さあ、どのような関係なのでしょうか? それは、親子の関係です。

しかし、その関係を正しく作りあげること、そして永遠に持続すること、それは簡単ではないのです。だから、アダムとエバも失敗したのです。

 

 

親子関係を永遠に持続するためには

親子関係というのは、まずは親が、「この子は私の子である」と認めなければなりません。

子供のほうから、「この人は私の親だ」と言って、そうなるのではないのです。私は、どの親から生まれてきたのかは判断できません。でも、母親は、どの子が私の子であるのか分かります。だから、まずは親から「あなたは私の愛する子女である」という認定を受けなければなりません。

そしてもう一つ、神様は私たちを「愛する子女である」と認めたいのですが、歴史的にそれが叶わなかったのです。何故でしょうか? 宗教的に言うと、サタンが讒訴するからです。

「この子女を見て下さい、神様。神様の子女と言いますが、子女としての行動をしていますか?」と。「していません、これは私の子です」とサタンに言われてしまうというのです。

神様が直接創造されたアダムとエバですが、サタンに奪われてしまいました。ですから、神様と親子の関係を維持しようとすれば、サタンが好む行動を行ってはいけません。サタンに似た行動をしていながら、神様の子女だと言うことができますか。できません。神様は真の愛の原理原則を立てて、その如く主管されます。

ですから、私たちが天の原理原則に合わなければ、神様はどれほど子女だと認めたくても、一緒に生活することができない神様なのです。

 

神様が「あなたは私の子だ」と言える自分になるために

ですから、アダムとエバが堕落してから今日まで、このような歴史を歩まれてきたのも、そういう神様の事情があったというのです。

神様がどういうお方なのか分からずには、神様に似ようにも似られません。

神様は真の愛の原理原則を守られるお方です。私は神様に似ている、と言えるのであれば、私がどう生きたら、そう言えるのでしょうか? 生活の中で、どういう行動をしたらいいのでしょうか?(「為に生きる」) そうですね、その次には? 為に生きれば、それだけで良いのでしょうか? この世でも、真の父母様と因縁がない人も、為に生きる人はたくさんいます。

為に生きることは、基本として、他に何が必要でしょうか?(「神様と一つになる」) そうですね、神様と一つになるのですが、実際の生活の中ではどうすることなのでしょうか?(「祈祷」)そうです、祈祷することも重要です。神様と一つになるための方法なのです。

他にはどうでしょうか?(「訓読」) そうです、訓読したら、神様について知ることができます。神様が何を願っておられるのか、神様は今までの人類歴史をどのように過ごしてこられたのか、そしてどのような気持ちだったのか、訓読をすれば、「そうだったんだなあ」と具体的に分かりますね。

他にはどうでしょうか?(「神様を愛する」) そうです、神様を愛するということです。では、神様を愛しているということを、皆さんはどのように証明しますか? 祈祷すること、訓読すること、為に生きることもそうですが、神様を愛しているというのを皆さん、どのように証明しますか?(「良心に従う」) 良心に従うことです。

では、良心に従うにはどうしたらいいでしょうか? 私たちの何を守ろうとするのが良心なのでしょうか? 何を守りますか?(「純潔」) 純潔です、私たちが神様を愛しているという証拠が、純潔を守り、祝福を受けて、家庭を築くことなのです。